プレグレッシブおじいちゃん(分かるこれ?

 私はローソンでバイトをしています。(ニヤリ)
コンビニは客の出入りが激しいので毎日のように勤めているとさすがに顔なじみの客も出てくるわけだが、中でも俺が入店当時から気になっているのが通称「山下のおじいちゃん」である。
ちなみに俺がつけたあだ名なのだが、本名は知らない。たまたま出勤前にその客が家から出てきたところを見つけて、表札を見たら「YAMASHITA」と書いてあったからそう読んでいるのだが、このおじいちゃんなかなかに豪傑なのだ。
というのも、まず最初に彼を目撃するのは必ず朝の6時前後、夜勤の俺がバイトからあがるころなのだが、店に入ってくる彼が毎朝必ず買うもの、それは「KIRIN氷結果汁レモン」。チューハイである。朝から。
毎日それだけをまず買う。そしてそれを店の前のゴミ箱の前で一気に飲み干すのだ。朝から、である。
呑み終えた彼はそのままいずこかへ歩き去っていく。おそらくそれが彼の早朝散歩スタイルなのだろう。
昼頃にも彼はやってくる。その時は大抵手には図書館で借りたらしい俳句の本を持っている。で、店内に設置されたポストに郵便物を出す。どうもどこかに手製の俳句を投稿しているらしい。
で、その時に彼が買っていくものは「1cup大関」、日本酒である。
これをまた店頭で一息に飲み干しいずこかへ去っていくのだ。
驚くべきことに、店長の証言によればこの山下のおじいちゃん、毎日平均で日中だけでも4回は店に来るらしい。そのたびに店頭で日本酒、である。
ご老体にしてはすさまじい飲酒量だが、にもかかわらず彼はいつも酔っている素振りがまったくないのだ。
あまりに気になるこの老人を、とりあえず俺はいろいろと推理してみた。
多分苗字は山下。年のころは60後半から70頭、身長は高くなかなかにダンディ。俳句が趣味で、昼間日本酒を買う際に切手とKENT1のロングを買うことから煙草もやるようだ。
たまに店外で見かける時にご婦人を連れているので奥様は健在なのだろう。
おそらく店で酒を買い店頭で飲み干す理由はそこになるとみた。
きっと彼は家では医者に止められているか何かで飲酒を禁じられている。
家でおおっぴらに呑めば「あなた、お酒はだめですよ」と奥様に止められる。
優しい奥様は自分の身を案じて言ってくれるわけだからできればやめたい。
だが、体がどうしてもアルコールを求めるのだ。
だから散歩や用事で外に出るたび少しずつ、本当はいけないと分かっていながらも酒を呑んでしまう。ああ、なんとほほえましい夫婦愛か!(妄想です)
しかしこの老人、本当に雰囲気があるのである。言ってしまえば、俺が最も理想とする未来の老人像だ。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、無口でダンディな山下のおじいちゃんは店に通いづめる。
俺は彼に会うたび、いつも尊敬の念を込めて笑顔で挨拶をした。
そんなこんなで、そろそろ半年がたとうとしている。
で、これは今朝の出来事。
いつものように彼はやってきた。レジにいつものチューハイを持って。
俺は笑顔で声をかける。「おはようございます!」
ややあって、不意にこんな声が聞こえた。
「暫く見なかったじゃないの?」
…………おおおおお!! 俺は心底びっくりした。
初めて山下のおじいちゃんが、俺に声をかけてくれたのだ。
あまりに突然で、予期しなかった出来事に俺は動転してしまい、「そうですか?」と笑顔で返すのが精一杯だった。
彼はそのまま笑顔で店を出て、いつものように店頭でチューハイを飲み干しいずこかへ去っていった。
俺は、こんなにうれしい気持ちになったのは久し振りだった。
毎日笑顔で挨拶を続けた結果、無口でダンディなおじいちゃんが俺に声をかけてくれたのだ。こんな些細なことが、人をこんなに幸せにするなんて俺は初めて知った。
初めてきいた山下のおじいちゃんの声は、ちょっと想像より高めだった。

御静聴ありがとうございました。今日はそれでなにが言いたかったかというと、まあ、そんな、ちょっといい話をしたかっただけ。(自分で言うな)